2009年11月26日

時間よりもながい尺牘(てがみ) S

『念ふ鳥 詩人高祖保』 (外村彰著 龜鳴屋)読了。

購入する際、じぶんには勿体ないかなと思ったけど、勢いで注文する。本が到着したとき、分厚さに驚き、ちゃんと読めるかなと不安になった。

けれど、読みはじめると、そんな不安はどこへやら、すぐに引き込まれた。
高祖保という詩人をわたしはあまり知らない。高祖保の書く詩も、読めないむずかしい漢字が多く、難解なイメージがあった。たぶん、高祖保という名前がインプットされたのは、上品な美しい姿から。きっと何かの本で写真を見たのだろう。ミーハーだなあ。

著者、外村彰さんは、高祖保の短い人生を丁寧にたどる。

牛窓で生まれ、父を亡くし、母とふたりきりの彦根での生活。幼少期から青年期にかけてが描かれる前半は、まるで彦根の冬の景色のよう。
空には分厚い雲、グレーの空。湖のうえを冷たい風が吹く。鳥の啼く声はさみしい。けれど、きれるように冷たい空気はどこまでも澄んでいて、詩人の魂がどんどん清らかになっていく様を、わたしはマフラーを鼻のあたりまでまいて、白い息を吐いて、「ああ、寒い」と思いながら、湖のほとりにでもいる気持ちで、よんだ。

母を気づかい、苦労をかけてはならないと常々念じる、そんな高祖青年を思い、胸が痛くなった。
「親子が我儘をぶつけあわず、互いに気遣う姿は、どこが不幸な気がする。」という、外村さんの一文にますます切なくなり、本を持つ指先がよりいっそう冷える気がした。そんななかからうまれる詩。けれど、注釈がないと、すっと読み解けない。難しい詩だなあ。
「六月をまねく」は好きな作品。
彦根の、風景は捨てがたいけど、母と子が東京への移住を決めたくだり、正直ほっとする。

詩友たちとの交流の章はあたたかく楽しく読む。特に井上多喜三郎登場は待ちに待ったという思い。登場人物中、知らない人も多いため、少々、ねじ込むように読んだ箇所もあり。

第六章「母の死と結婚」。この章以降、集中的に本の世界へ入っていけた。
「お互いを心の支えとしてきた」母の死。翌年、高祖保は結婚し、その10ヶ月後、「自らにつながる、ひとつのいのち」を得る。
「新しい家庭を、心から愛した」詩人の、すきなエピソードがある。
肺炎のため入院していた高祖保の病室をおとずれた息子が3色の折り紙をとりだす。ただ、それだけで、「不覚にも泪をおとす」。
「なにかこころの片隅から、幸福な、あたたかいものが、いつぱい充ちあふれてくるのを覚えた。」とある。
著者、外村さんは「こうしたエピソードからは詩人の父性愛の温もりが伝わる」と書いていて、きっと、わたしの知らない種類のぬくもりなのだろう、親になるのはどういうことなのだろう、と思いを巡らす一方で、すでに死の影がちらつき始めてもきて、複雑な心境になる。
「小さな時」を読んで驚く。こんな詩も書いた人なのだなあ。
詩人は、愛しい家族がいる日本から、はるか遠いビルマの戦地で孤独に病戦死する。
運命とはなんなのだろうなあ。

著者、外村さんはこの作品の前半でこう書く。
「時代に埋もれた詩人は数多い。さまざまな観方もあろうが、一作でも心にひびく、よい詩を書きのこした者は詩人と呼ばれる資格がある。もっとそうした人々を記録してゆくことが大切ではないか、そうわたしは思う。」
富士正晴が言うところの「死者を立たすことにはげむ」に通ずるところもある。

最近、読書からずいぶんと離れていたけど、圧倒的な読書体験だった。
最初、『念ふ鳥 詩人高祖保』を見たとき、すごい凝ったきれいな本だけど、もう少し簡易な装釘にして、少部数ではなく、安価で売ったら、もっと多くのひとがこの本を読むんじゃなかろうか、と思った。
ただ、読後はその感想は誤ったものであったことを認識する。
『高祖保書簡集』のしおりに内堀弘さんが「書物は器なのだ。書物そのものも作品なのだと私は改めて思った。」と書いている。ああ、そうだなあと。
こんなに簡単に本が作れる今日このごろに、こういう本を出すことの意味は大きい。
井上多喜三郎が高祖保のために作った、『禽のゐる五分間写生』にこめられた思いに通ずるようなものを感じる。

前見返しには琵琶湖の写真が、後見返しには牛窓湾が配される。
この本が多くの方に読まれますように。

http://www.spacelan.ne.jp/~kamenaku/




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2009年11月17日

移りゆく鳥かご g

localite.jpg

あっというまに11月も半ば。冬の風が吹いていて、駅のホームで耳や鼻が痛かった。ちょうちょぼっこのみんなで、先月末にはじめての旅行にでかけました。渥美半島の猫のいるお宿へ。そのことは、次ちゃんが最後の書評のメルマガで書いてくれるかもしれません。

今月末には、以前おとなりだったおまめ部屋のおまめさんの豆本講座を行います。参加者募集中です。くわしくはおしらせを!
http://www.geocities.co.jp/omamebook/kouza.html

ちょうちょぼっこのお隣が、おまめ部屋からカキノくんのアトリエiNになってからどれくらいたったのでしょうか。この冬、ちょうちょぼっこのある鳥かごビルヂングにはあたらしいうごきが。

2階のロカリテさんは、鳥かごビルを飛び立たれます。階段を降りれば空色の壁、ガラス戸の向こうの居心地のよい場所、いつでも行けると安心していたけれどそれもあとすこし。ちょうちょぼっこの本も、ずっと本棚に置かせていただいておりました。

ロカリテさんで本を読む時間、流れている心地よい音楽、時計の音、美味しい珈琲をまだ味わってない方がいればぜひぜひ12月18日までに。
写真はロカリテさんのhpから、ついみとれてしまう壁の色。
http://www.localiteweb.com/

来年、2階ではポーポー屋さんと野菜料理人の奥有里子さんが共同で
鳥かごキッチンというカフェ&フリースペースを始められます。
3階のポーポー屋さんも今までどおり。
http://blog.livedoor.jp/yuuna551/?blog_id=1738485

これからのロカリテさんも、あたらしい鳥かごキッチンも、どちらも楽しみでなりません。

カキノくんはあいかわらず全国行脚中。土圭屋さんの店内は、いつのまにかますます本格的な工房のようになっています。

そんな中、動きのみられないちょうちょぼっこですが、年末にトークショーに参加する予定です。くわしくはまた。
posted by chochobocko at 21:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

とある二都物語 対話−季村敏夫×内堀弘

■トークイベント
とある二都物語
山上の蜘蛛、あるいはボン書店の幻 モダニズム詩の光と影
対話−季村敏夫×内堀弘
司会−北村知之

『山上の蜘蛛』と『ボン書店の幻』は、ともに「モダニズム(詩)」を主題にした詩人たちの物語です。その出生において時と場所を異にしながら、この二書はどこか兄弟に喩えたい気持ちを抱かせます。時代の苛酷さはグラデーションのように色の濃淡を変えて今を染めあげています。詩人たちはいつもその苛酷さに晒されて立ちつづけてきました。痕された詩集、詩誌はその姿をわたしたちに辛うじて教えます。おふたりの労作はポンペイの遺跡で見つけられた不自然な空隙に石膏を流し込んだ考古学者のように、詩人たち(ボン書店主・鳥羽茂は出版人である前に詩人であった)を生きた姿でとりだす作業でした。
 戦争前夜のふたつの都市の片隅に舞い降りて消えていった言葉の断片。おふたりの対話はきっと、ページの上で消え入る言葉をふたたび舞わせ、かつてそれが舞い降りてきた空の方角を指し示すにちがいありません。


オープニング音楽
かえるさん(細馬宏通)

にしもとひろこ(from たゆたう)

主催−りいぶるとふん‘ドノゴトンカ Donogo-o-Tonka’
共催−塩屋音楽会/震災まちのアーカイブ
場所−旧グッゲンハイム邸 http://www.geocities.jp/shioyag/index.html
655-0872 神戸市垂水区塩屋町3丁目5-17
Tel: 078-220-3924 Fax: 078-202-9033
JR山陽塩屋駅、北側線路沿いを東へ200m後、トンネルをくぐり、さらに100m、遮断機を越え、すぐ。駅より徒歩5分。
*駐車場はありません。

日時−12月22日(火)冬至
16:00 開場
16:53 開演
 音楽−かえるさん(細馬宏通)
 にしもとひろこ(from たゆたう)
18:00 季村敏夫×内堀弘トーク
20:00 終演

 ※開演時間は冬至の日の入り16:53(神戸)に因んで。17時開演とお考えください。日没の海を眺めながらはじまります。

料金−予約 2,000/当日 2,500
予約・問い合わせ−旧グッゲンハイム邸事務局
(TEL:078-220-3924 FAX:078-202-9033 E-mail:guggenheim2007@gmail.com)
 ※ご予約送信の際に、ご希望の鑑賞日、お名前、電話番号、枚数を明記下さい。


季村敏夫─きむらとしお
詩人。1948(昭和23)年、京都で生まれ、神戸市長田区で育つ。古物、古書籍商を経て、現在、アルミ材料商を営む。著書に詩集『木端微塵』(書肆山田、2004年。山本健吉賞)、『Love is 永田助太郎と戦争と音楽』(共編著、震災まちのアーカイブ、2009年)、『山上の蜘蛛』(みずのわ出版、2009年)ほか。

内堀弘─うちぼりひろし
古書店主。1954(昭和29)年、神戸で生まれ、東京で育つ。1980(昭和55)年に古書肆「石神井書林」を開業。詩歌書を専門に、1920−30年代のモダニズム文献を扱う。著書に『ボン書店の幻』(白地社、1992年/ちくま文庫、2008年)、『石神井書林日録』(晶文社、2001年)、『日本のシュールレアリスム』(共著、世界思想社、1995年)ほか。94年から『図書新聞』に「古書肆の眼 耽奇日録」を連載している。

北村知之─きたむらともゆき
1980(昭和55)年、神戸で生まれ、神戸在住。海文堂書店 http://www.kaibundo.co.jp/ に勤務。「雑誌」「芸能」を担当し、特に関西のリトル・マガジンを集めた棚に力を入れる。編著に『神戸の古本力』(みずのわ出版、2006年)。『spin』に日録「エエジャナイカ」を、「[書評]のメルマガ」 http://back.shohyoumaga.net/ に「全著快読 編集工房ノアを読む」を連載。

かえるさん 細馬宏通 http://www.12kai.com/beach/ −ほそまひろみち
2004年ごろより、「かえる目」のボーカルとしてあちこちで歌い始める。報われないのに夢見がち、リーチは長いが頼りない歌詞を携えてときどきソロも。「かえる目」としてアルバム『主観』『惑星』発売中。著書に『浅草十二階』(青土社、2001年)『絵はがきの時代』(青土社、2006年)『絵はがきのなかの彦根』(サンライズ出版、2007年)など。

にしもとひろこ http://nishimotohiroko.net/
1982年大阪生まれ。二人三脚的音遊びユニット「たゆたう」の歌とギター担当。1st
アルバム『いちにちのながさを、はなうたできめる。』発売中。空気にただよう大人にも子どもにも聴こえる独特な声色で、ソロ活動のほか、ボーカル・コーラスサポートとしても活動。その他、主に墨汁を使用したペインティングでのライブパフォーマンス活動もちらほらと。



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2009年11月03日

川のむこう a(fukushima)

少し前に月島で「もんじゃ焼き」を食べた。
おそらく、18年ぶりだろう。

高校1年生のとき、はじめて月島に行き
街並みにも食べものにも衝撃を受けた記憶がある。
高校は東京のど真ん中にあって西部に生まれたわたしには
銀座だとか麹町だとか青山だとかに生まれ育った人がいることに驚いたし、
東京の東側については当時ぜんぜん知識がなかった。

「下町情緒あふれる」という常套句が使われる月島は
街の雰囲気が当時とすっかりかわっており、通っていたときとは「違う」ことしかわからなかった。

ただ、海が近く門前仲町方面からバスに揺られてたどりつくまでの道すがらは
「なつかしい」感覚になった。それは想像としての「東京」へのノスタルジアなのか、
わたし自身のルーツがそのあたりに関係するからなのかわからないが
とにもかくにもわくわくした気持ちは感じた。

久しぶりのもんじゃ焼きを堪能して家に戻り
川本三郎の『私の東京町歩き』(筑摩書房)を開いた。

1990年に発行されている。今から20年ほど前。
ちょうどわたしが通った頃に近い頃。彼は記述する。

昭和二十年代の東京を思わせるような、小さな個人商店が並ぶところである。大きなスーパーはない。ハンバーガーやアイスクリームのチェーン店もない。三階建て以上のビルもほとんど見当たらない。銭湯や駄菓子屋がまだ通りの中心にある。そしてあちこちの路地が残っていて、そこにはリンゴ箱のような箱に入れられた植木がところ狭しと並べられている。典型的な下町の町並みである。


銀座から、門前仲町から西からも北からも隅田川を越えたむこうにある月島。
橋を超えないといけない街。バブルという時代には取り残された街だった。
地続きではないから、むこうになにがあるのか不思議になり、魅力がある。
たしか篠藤ゆり『食卓の迷宮』(アートン社)でもこの隅田川を越える橋を題材にした
短編小説があったことを思い出した。


posted by chochobocko at 13:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

猫と酒 a(fukushima)

先日、仕事の打合せをした男性の方と
ふらふら歩きながらのみに行くところを探し、
雑居ビルの奥まったところにいた猫にいざなわれて
入った飲み屋は昭和な香りがただよった心地よい店だった。

大きな壷に活けられた花、座敷とカウンター。
音楽もなく、地酒に食器がずらりと並ぶ静かな空間。
女将さんと客との適度な距離感もうれしい。

ふと振り返ると並べらた本には村上龍や山本夏彦の名前。
山本夏彦が亡くなる前に病院からも電話をかけてきたとか。
あぁなるほど、向田邦子の世界の描く昭和の雰囲気がここには残っているのだ。

『向田邦子の手料理』で見たような器。
決して手が込んでいるわけではないのに、お酒のつまみにほどよいお料理ばかり。
粋な様が感じられるお店、気のおけない友とじっくりゆっくりお酒を味わいながら募る話しをしたい。

そんなお店を見極めて入れる目利きになりたいものです。

posted by chochobocko at 22:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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