2010年08月27日

金曜のよる、S団地  S

気分をかえて、台所のテーブルの上にパソコンを持ち出して、日記を書いてみる、金曜のよる。
窓から外を眺めると、団地前にそびえる、高いビルのなかでは、まだまだ働いているひとたち。
白いシャツを着たサラリーマンが机にむかう様を、団地から眺める。

働いているひとたちがいるビルの中がこんなにもはっきり、見えて、ということは、あっちからもこっちが丸見え、なんてことはないよね。
なんて、考えながら、あ、パピコ食べようとおもう。
「おれ、シャリシャリしたアイス、嫌いやねん」
とか言われて、そうだよね、シャリシャリしたアイスって不味いよね、って同調してたけど、こないだ、だれかからもらったガリガリくんはまあまあおいしかった。すぐに他人に同調してしまう。ここずっと、シャリシャリしたアイス、食べてなかった。

モンブランがすきだからって、美味しいって評判のモンブランを買ってプレゼントしたら、
「ぼくがすきなのは、きいろいモンブランなんだけど」って、悲しい顔、されたことある、っていうエピソード、誰から聞いたんだっけ。
きいろいモンブランがすきって、なんだか、びんぼくさいけど、かわいいセリフなので、おぼえている。

ずーと忘れない類いの発言って、まあ、なにげないんだけど、自然に言ったんだろうけど、セリフっぽいというか、物語っぽいというか、
そういう感じがする。



団地外.jpg




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2010年08月22日

S団地にて ある日曜日のこと  S

「こないだ、あれ、きた。宗教の勧誘。」
ごうださん宅でコーヒーだかなんだかを飲んでいるときに、いつもの、あの、暢気な調子で言うもんだから、
「ばかだなあ、だれだか確認してからドアを開けなよ。危ないし、第一、そんなのが来たら断るのがめんどくさいよ。」
心底飽きれた口調で、あんた、そんなことも分かんないの?という調子で返したはずなのだけど。
それなのに。

お昼はレッドカレーでも作ろうと、おもしろくもないテレビをうつろに眺めながらぼんやりと無為に過ごす、そんな日曜日。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴って、あまり鳴ることがないから(ごうださんやつぎたさんが、ごく稀にたずねてくるときは、なぜだかチャイムを鳴らさず、扉をたたいて、「こんにちはー」と言う。ごうださんの「こんにちはー」は「じいさんやー」とばあさんが言うような口調)、慌てて、驚いて、ガチャリとドアを開けてしまった。

もちろんそこには、ごうだ家にも訪れたであろう、宗教を勧誘する初老の男女が立っていた。
「ほんと、毎日、暑くて、いやになっちゃいますね。」
日傘を持った初老の女性がゆったりした口調で言った。「でも、ここは風通しがよくて、涼しい」と、立て続けに付け加えた。
「ええ。」
短い返答の後、団地特有の、重たい鉄の扉を閉めようとしたのだけど、なんだかできなかった。タイミングというか、そうじゃなくて、悪いなって思ってしまった。

「写真がお好きなんですか?」
すこしの沈黙のあと、玄関に貼った写真に目線をむけて、たずねてきた。
質問タイムがはじまってしまった。なんで、玄関、開けちゃったんだろう、とため息出るような後悔を感じる一方、初老の女性に見られてしまった写真のことが気になりだした。あー。よりによって、なんで、この写真をここに貼っちゃったのかなあ。
その写真は、妹が留学中に送ってきた絵はがきで、モントリオールの街中に、夥しい数の、裸体の男女が横たわる、というもので、アート作品なんだろうけれど、結構気に入っていたものだった。

そんな写真を玄関先に貼っていることを、日曜の昼下がりに、宗教の勧誘にきた、見ず知らずの初老の男女に見られたことをなぜだか少し恥ずかしく感じたのだ。というか、それを恥ずかしいと思ってしまうことが羞恥心を何倍にもした。
「写真っていうか、アートがすきなんですよ」と説明のような返答をしようかな、と思ったりもしたけど、「べつに好きじゃないです。」と無愛想な返答を選んだ。
「これから、この世の中はどんな風になっていくんでしょう。子どもたちにどんな世界を残せるんでしょう。」
話が核心に迫ったところで、
「すいません。そういうの、興味なくて、ほんと、すいません」と玄関のドアを閉めた。

女性ばかりが話していて、男性は始終寡黙で、一歩下がって、わたしのことを眺めていたな。と思った。あと、玄関、開けてすぐに「前にも寄せてもらったわね」と言っていたな。
もしかして、ごうださんと間違えた?メガネかけた、一風変わった女なんて、どれも同じに見えるのかしら。どれも、というほど、そんな女はいないけれど。

団地にはエレベータがない。この暑さのなか、5階まで階段をのぼってきて、宗教にはいりませんか?ってどういう思いが言わせているんだろう。それは信仰心なのか。それとも一種、サークル活動のようなものなのか。

あの玄関先の写真、ちょっと目につかないところに貼り直そうかな、とか真剣に考えたりした。
posted by chochobocko at 21:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

したむきな人々

毎日、気が遠くなるほど暑くて、冬の寒いときも、なんにもやる気がしないけど、暑いなら暑いでなんにもやる気がしない。というか、年中、性根が怠け者なのか。

唐突だけど、『井上多喜三郎全集』の、息子さんの喜代司さんが書かれたあとがきがとても好きだ。短い文章ながら、詩人であるタキさんと、同時に父親であったタキさんのことがとてもよく書かれている。
タキさんは好きなこと(詩を書くこと)だけをして暮らしていたひとではなかった。
「一家を養う為、毎日の行商は欠かさず、注文を受けては二日に一度、京・大阪へ仕入れに出かけた。商売は薄利多売をモットーにし、多売とはいかなかったが、薄利を頑なに守り通した。」

JR京都駅までは定期をもっていて、その車中でハガキをしたためたり、詩を推敲したり、と書斎がわりであったという記述もとてもすきだ。

「好きな事だけやる」とか「やりたくないことはやらない」というスタンス。理解できないわけではない。また、こんな時代に、そのようなスタンスを頑なに守ることがたやすいことではないことも分かるし、憧れないわけでもない。だけど、それは1つの考え方にすぎないとおもう。人はそれぞれに、やり方があるのだ。

「もう少し生活にゆとりがあれば、もう少し長生きしていたら、まだまだ良い詩が生まれたのではないだろうか。こうして書いてくると、詩を一介の田舎商人の手なぐさみ位にしか思わない人もいるだろう。しかしそれは本意ではない。なぜなら詩とは本来生活からにじみ出るものであり、魂の迸りであるからだ。その詩は平易であるが、常に何かを訴え、問いかけている。それは時に社会に対する痛烈な批判であり、優しい鎮魂の歌でもある。貧しい生活の中で常に詩心を絶やさず、強く正しく生き抜いた魂の遍歴の記録でもあるだろう。」

すきなこともいやなことも、やりたくないことも、やりたいことも、すべて含めて生活だとしたら、そこから生まれてくる詩や、文章は必ずやあるとおもう。そのような暮しのなかから生まれてきたものを、これからも読んでいきたいと強く思う。

前置きが長くなったけど、先日、『近江の詩人 井上多喜三郎』の著者である外村彰さんにお会いした。
高祖保の評伝の文章を読んでいたので、冬の琵琶湖のような方だろうと想像していた。なんというか、センシティブで、しーんと静まり返った感じの。
けれど、お会いしてみると、気さくでサービス精神に溢れた、関西人で、そのぎゃっぷに笑ってしまった。ああ、けれど、きっと、ガハハと笑っていながら、とっても繊細な人なんだろうなあ。『井上多喜三郎全集」にも収められている田中冬二が書いた追悼歌の話題になったとき、この話をまさか外村さんとできるとは、と感慨深くなった。
3歳になるお孫さんが「おじいちゃん さみしんでせう」と、田中冬二に語りかける。わたしはこの詩がとても好きだ。

さて、そんな外村さんが編まれた『『したむきな人々 −近代小説の落伍者たち−』がもうすぐ龜鳴屋さんから出ます。たのしみですねー。
共編者の荒島先生にも外村さんとともにお会いしのですが、お寺の境内に住んでいるとか謎すぎて、驚く程もの静かで、そこにいるのに、わたしたちからずいぶんと遠くにいるような佇まいの方でした。
そんなお二人が編んだ本ですから、面白くないはずはないでしょう。

ちょうちょぼっこ3人でお会いしたのですが、楽しいひとときでした。
クラッシックが好きなお二人に「おすすめは?」なんて次田さんあたりが尋ねて、教えてくれたのですが、団地に帰る道すがらには既に忘れていました。
次田:「ね、おすすめのやつ、なんて言ってたっけ、あの、北欧の作曲家」
真治:「シベリウスじゃない?」
ごうだ:「えー。シベリウスって、星じゃない?」

ごうださん、星はシリウスです。


したむき.jpg
posted by chochobocko at 08:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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