2010年10月23日

チロちゃん a(fukushima)

 書店でアラーキーのチロちゃんの写真集を手に取った。チロちゃんといえば、『愛しのチロ』の女の子らしい体系のチャーミングな猫という印象が強かったため、老衰と表現したらいいのか、やせ細り毛並みツヤがなくなっている様はつらかった。それでも、カメラにむかって健気に反応して、大きな目をぐいっと向ける様は痛々しくも愛らしく、チロちゃんとアラーキーの間の関係性の強さを見る気がした。22歳。人間で言うなら100歳を超えていたというのだから、衰えを感じたのはやむを得ないかもしれない。
 3月2日に亡くなる直前の写真や、亡くなったときの写真は眼にするのが正直きつかった。もう4年半も前のことだけれど、愛猫が亡くなったとき腕の中で血の通っていた身体がどんどん死後硬直していき、ただの物体になってしまったその感覚が写真集をながめながらよみがえってきた。
 写真家ってとても酷な仕事だ。写真を見るだけで、身体の中に潜んでいる感覚を呼び起させてしまう力があるのだから。と改めて感じた。
 
『チロ愛死』 荒木経惟 河出書房新社




posted by chochobocko at 21:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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